2026/10/24(土)
パラドックスの中にある真理
今日は令和8年10月24日、丙午年戊戌月辛未日、わたしの町では雨降りです。
あなたの町ではいかがでしょうか?
急がば回れとか、負けるが勝ちとか、灯台下暗しとか、会うは別れの始めなど一見すると矛盾しているようでありながら、実は深い真理や人生の知恵を表すことわざがありますね。
いちいち納得することばかりです。
それとは違いますが、夏炉冬扇という言葉もあります。
夏の暑いときの炉と、冬のうちわは役に立たないという意味で、またタイミングをはずしてしまえば、どんなに良い才能や意見でも価値を失ってしまうという戒めの意味でもあります。
松尾芭蕉は「許六離別詞」(きょりくりべつのことば)などで「予が風雅は夏炉冬扇のごとし」と用いて、世間からはすぐに役に立たないと自身の俳諧を表現しました。
しかし、夏の炉は夏の湿気を飛ばしてくれるし、冬のうちわは炉の火を起こすために有益だと言った人がいます。
わたしはこんな考え方もいいなと思います。
ちょっと話が逸れますが、夏目漱石のペンネームの由来は、中国の文学書「晋書」などに記された故事で「枕石漱流」(意志を枕にし、流れに口をすすぐ)と言うところを、謝って「漱石枕流」と言ってしまった逸話で、その人物が「石で口をすすぐのは歯を磨くため、流れを枕にするのは耳を洗うためだ」と負け惜しみを言ったことから来ています。これはちょっと無理がありますけどね。
これが正しいと思った道理も事柄も逆の見方をしてみる。
そんな感覚を持つと、人生って深くなると思いませんか?
雨宮 夕
占い師 雨宮 夕(あまみやゆう)の情報をもっと見る
2026/10/24(土)
2026年10月24日(土)の神職メッセージ
今日は、**「満ちる直前だからこそ、心の中を静かに整える日」**です。
2026年10月24日は、旧暦**9月14日**、六曜は**仏滅**。二十四節気では前日の10月23日18時38分に**霜降**へ入り、七十二候では**「霜始降(しもはじめてふる)」**の頃です。月齢は**13.5**で、10月26日13時12分の満月を目前に控えています。
月はかなり満ちており、東京では24日の月の明るさは約**96.5%**です。満月直前というのは、象徴的に見ると、感情や思い、これまで積み重ねてきたものが表へ出やすい時期です。
だから今日は、
**「何を増やすか」よりも、
「何をこれ以上大きくしなくてよいか」**
を意識してみてください。
不安。
焦り。
誰かへの執着。
自分への厳しさ。
満ちていく時期は、良いものだけでなく、こうしたものまで大きく感じやすくなります。
今日は、心がざわついた時に、
**「これは本当に、ここまで大きく抱える必要があるだろうか」**
と一度だけ問いかけてみてください。
神職として申し上げるなら、**祓い**とは、単に悪いものを遠ざけることではありません。
乱れたものを整える。
余分なものを落とす。
本来の自分の位置へ戻る。
その意味では、必要以上に膨らんだ感情を、元の大きさへ戻していくことも立派な祓いです。
今日は六曜では**仏滅**ですが、六曜そのものは神道の教義ではありません。仏滅だから何をしても悪い日、という捉え方をする必要はありません。むしろ「いったん終わらせる」「古いものを手放す」という象徴として受け取ることもできます。
また今日は**母倉日**でもあります。暦注の一つとして、物事を育む・慈しむ意味合いを持つ日とされています。
これを今日の流れに重ねるなら、
**「余計なものを減らし、本当に育てたいものを残す」**
という過ごし方が合います。
霜降に入ったばかりの今は、季節もまた一段深く変わる時です。
朝晩の冷え。
空気の乾き。
日の短さ。
自然は、静かに冬へ向かう準備を始めています。
人の心も同じです。
何かを始める前に、何かを終える。
何かを得る前に、何かを手放す。
そんな「入れ替わり」の流れが今日は強く出やすいでしょう。
今日、神棚や神社で手を合わせるなら、
> 今日まで無事に歩ませていただいたことに感謝いたします。
> 心に積もった迷いと執着を静かにお祓いください。
> 本当に大切にすべき御縁と志を見失わず、
> 余計なものを抱え込まずに歩めますよう、お導きください。
そんな気持ちで祈ってみてください。
### 今日の開運行動
**「ひとつ、終わらせる」**
返信する。
片づける。
捨てる。
区切る。
やめる。
何でも構いません。
大きなことではなくて大丈夫です。
ひとつ終わらせることで、次の流れが入る余白が生まれます。
### 今日の言葉
> **満ちる直前ほど、何を足すかより、何を手放すかが大切になる。**
今日は、
**無理に前へ進む日ではなく、ここまでの流れを整える日。
満月を前に、心の中に余白をつくる日です。**
占い師 佳紗音(カザネ)の情報をもっと見る
2026/10/23(金)
本日もご縁をいただき、
心よりありがとうございました。
『アナスタシア』という著書の中では、
人間が持つ「思考」の力が、
とても大切に語られています。
その世界観に触れる中で、
私は時々、
「本当に考えるとは、
どういうことなのだろう。」
と思うことがあります。
私たちは毎日、
たくさんのことを考えています。
あの人はどう思っているんだろう。
この先どうなるんだろう。
もし失敗したらどうしよう。
あの時、違う選択をしていたら。
考えても、考えても、
答えが見つからない。
気づけば、
心も身体も疲れてしまう。
でも私は、
「考えること」と、
「考えすぎること」は、
同じではないと思っています。
本来、考えることは、
何かを理解すること。
自分の意思で選ぶこと。
新しい可能性を見つけること。
そして、
まだ存在していないものを
思い描き、創造していくこと。
人間に与えられた、
素晴らしい力のひとつだと思います。
一方で、
考えすぎている時の私たちは、
何かを生み出すというより、
まだ起きていないことへの不安や、
答えの出ない問いの中を、
何度も何度も
行き来していることがあります。
そこには、
「絶対に間違えたくない。」
「すべてを知ってから決めたい。」
という思いが
隠れていることもあります。
でも、
人生には、
どれだけ考えても
分からないことがあります。
相手の心も、
これから起きる出来事も、
すべてを知ることはできません。
だからこそ、
思考の力は、
自分を不安に閉じ込めるためではなく、
自分の人生を創造するために使いたい。
私は、そう思うのです。
考えることをやめるのではありません。
自分で考える力を、
誰かに明け渡すのでもありません。
ただ、
答えの出ない問いを
繰り返していることに気づいたら、
少しだけ問いを変えてみる。
「どうなるんだろう。」
から、
「私はどうしたいんだろう。」
へ。
「もし失敗したら。」
から、
「今、私にできることは何だろう。」
へ。
答えを探し続ける思考から、
自分の意思を生み出す思考へ。
その違いは、
とても大きいように感じます。
そして時には、
考えることを一度休めて、
自然を眺めたり、
風を感じたり、
ただ静かに過ごしたり。
そんな時間の中で、
ふと気づくこともあります。
思考を休ませることは、
考える力を失うことではありません。
むしろ、
本当に大切なことを考えるための
余白になることもあるのです。
不安を煽る鑑定ではなく、
今の苦しさの意味を整理し、
自分軸へ戻るための鑑定を大切にしています。
もし今夜、
考えすぎて疲れている方がいたら、
自分に聞いてみてください。
「私は今、何かを生み出すために
考えているのかな。」
それとも、
「安心できる答えを探して、
同じ場所を回り続けているのかな。」
どちらが良い、悪いではありません。
ただ、その違いに気づくだけでも、
思考との付き合い方は
変わっていくのだと思います。
考えることは、人生を創造する力。
考えすぎることは、その力で
自分を疲れさせてしまうこともある。
だからこそ、
考える力を大切にしながら、
考え続けなくてもいい時間も
大切にしたいですね。
本日もご縁をありがとうございます。
愛と光と感謝を込めて
藍那
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