2026/10/19(月)
本日もご縁をいただき、
心よりありがとうございました。
皆さんは、
神様に祈る時、
どんなことを願いますか。
大切な人が幸せでありますように。
病気が良くなりますように。
仕事がうまくいきますように。
願っている未来が
叶いますように。
私たちは、
自分の力だけでは
どうにもできない時、
神様に祈ることがあります。
それは、
とても自然なことだと思います。
でも私は、
祈りには、
願いを届けること以外にも、
大切な意味があるように感じています。
それは、
祈りとは、
何かを変えてもらうことだけではなく、
自分の心の向きを整えることでもある。
ということです。
たとえば、
「どうか、あの人が
私を好きになってくれますように。」
という願いがあった時。
その願いを否定する必要はありません。
でも、そこにもうひとつ、
「私も、愛を大切にできる人で
ありますように。」
という祈りを添えてみる。
「どうか成功しますように。」
という願いにも、
「目の前のことに、
誠実に向き合えますように。」
という祈りを添えてみる。
すると、
相手や未来が
すぐに変わらなくても、
自分が今日、
大切にできることが見えてきます。
祈ったからといって、
すべてが願いどおりに
なるわけではありません。
祈りが足りないから、
願いが叶わないわけでもありません。
そして、
苦しい出来事が起きたからといって、
神様に見放されたと
考える必要もないのです。
私は、
祈りを、
願いが叶うかどうかを試すものには
したくないと思っています。
祈りは、
未来を思いどおりにするためだけでなく、
今の自分が愛を忘れないためにもある。
そんなふうに感じています。
不安を煽る鑑定ではなく、
今の苦しさの意味を整理し、
自分軸へ戻るための鑑定を大切にしています。
もし今夜、
何かを強く願っている方がいたら、
その願いと一緒に、
「私は、どんな心で
明日を迎えたいだろう。」
と、静かに問いかけてみてください。
感謝できない日があってもいい。
前向きになれない日があってもいい。
立派な言葉で
祈れなくてもいいのです。
ただ、
自分の本当の気持ちを
静かに見つめる時間。
それもまた、
ひとつの祈りの形なのだと思います。
祈りは、神様への願いであると同時に、
自分の心へ向ける優しい光にもなる。
今夜はそんなことを思いながら、
一日を終えたいと思います。
本日もご縁をありがとうございます。
愛と光と感謝を込めて
藍那
占い師 藍那(あいな)の情報をもっと見る
2026/10/19(月)
★∴∵*∵★:∴∵∴*∴∵∴*∵∴∵☆∴∵∴*∵∴∴∵★∵∴∵∴*∴∵∴*∵∴∵☆∴∵∴*∵∴∴∵★∴∵*∵★:∴∵∴*∴∵∴*∵∴∵☆∴∵∴*∵∴∴
いつも有難うございます☆聖愛です ^^
復帰初日から、本当にたくさんの方にお並び頂き、心より感謝申し上げます⭐️
そして、私への温かいお言葉もたくさん頂き、感謝の気持ちでいっぱいです(涙)
また、この後延長できず、せっかく並んで下さった5名さま
本当にごめんなさい🙇♀️
お昼間の待機時間が大幅に延長となりましたため、夜の待機は22時30分からとさせて頂きます。
お時間の変更により、ご不便をおかけしてしまい大変申し訳ありません🙇♀️
🌟感謝を込めて🌟
聖愛☆(/・ω・)/.*・゜.*.・゜.*彡☆彡
★∴∵*∵★:∴∵∴*∴∵∴*∵∴∵☆∴∵∴*∵∴∴∵★∵∴∵∴*∴∵∴*∵∴∵☆∴∵∴*∵∴∴∵★∴∵*∵★:∴∵∴*∴∵∴*∵∴∵☆∴∵∴*∵∴∴
占い師 聖愛(マリア)の情報をもっと見る
2026/10/19(月)
皆様、こんにちは。羅門でございます。
西南の方向が良いという易の卦(け)を信じて香港にやってきました。
香港の街の観光を終えて、ホテルのレストランで食後にいただいた綺麗なライチ。
ライチといえば、楊貴妃の大好物として有名です。玄宗皇帝が彼女のために遥か遠方の産地から早馬で運ばせたという逸話は、今でも語り継がれています。
楊貴妃はもともと玄宗皇帝の息子(寿王)の妃でした。しかし、彼女の美貌と抜きんでた音曲・ダンスの才能に魅せられた玄宗皇帝は、彼女を一度道教の寺院で出家させた後、自身の後宮へと招き入れました。当時の後宮には「三千人」もの美女が集められていたと言われますが、芸術家でもあった玄宗皇帝の心を最も深く捉えたのは、彼女の類まれなる音楽のセンスと美しさだったのでしょう。
そのあまりの寵愛ぶりは「国を傾けるほどの美女(傾城傾国)」と称され、やがて時代のうねりとともに「安禄山の乱」が勃発します。長安から逃れる途中の馬嵬坡(ばかいは)で兵士たちの不満が爆発し、玄宗皇帝も楊貴妃を処分せざるを得なくなりました。
しかし一説には、玄宗皇帝は彼女を密かに逃がす決断をし、侍女を身代わりにして楊貴妃を日本へと逃したとも伝えられています。実際に日本には、彼女が漂着したという伝承や、彼女を祀るお寺も残されています。楊貴妃の日本亡命伝説、いわゆる山口県長門市の楊貴妃の里や、京都・泉涌寺(せんにゅうじ)の楊貴妃観音などの伝承。
ご利益は、 「絶世の美女」にちなみ、美人祈願、縁結び、安産のご利益があるとして、特に女性の参拝者から厚い信仰を集めています。
玄宗皇帝との出会いから16年、波乱に満ちた悲しい顛末。
美しく生まれなければ良かったと嘆いたのか、太く短い華やかな人生に満足したのか。
あるいは、現代の女性ならこのような宿命に対してどんな選択をし、運命のはかなさや悲しさをどのように受け入れるのでしょうか。
甘くみずみずしいライチを味わいながら、その甘さの奥にあるちょっぴりとした苦さに、遠い昔に散った絶世の美女の面影を重ねた香港の夜でした。
占い師 羅門(らもん)の情報をもっと見る
2026/10/18(日)
本日もご縁をいただき、
心よりありがとうございました。
私たちは時々、
人生のどこかに、
正しい答えがあるように感じます。
正しい道を選べたら、幸せになれる。
間違えなければ、うまくいく。
良いことをすれば、報われる。
反対に、
うまくいかないことが続くと、
「私は何か間違えたのかな。」
「これは罰なのかな。」
と思ってしまうこともあります。
でも、私は、
『神との対話』という著書の中で
語られている考え方に触れて、
大切なことを思い出します。
人生は、神様に正解を見せるための試験ではない。
私たちは、
誰かに合格をもらうために
生きているのではないのだと思います。
人を愛した時。
思うように愛せなかった時。
優しくできた時。
自分の弱さを知った時。
望んだ結果になった時も、
ならなかった時も。
その経験の中で、
自分はどんな人でありたいのか。
どんな愛を表現したいのか。
それを何度でも
見つめることができる。
私は、そこに
人生の尊さがあるように感じます。
うまくいかなかったから、
神様に見放されたわけではありません。
苦しんだから、
何かの罰を受けているわけでもありません。
そして、
苦しみのすべてに、
特別な使命や意味を
見つけなくてもいいのです。
ただ、その経験を通して、
これから自分が
何を大切にして生きるのか。
そこには、
自分で選べる部分が残されています。
神様に愛されるために、
立派な人間になろうとしなくてもいい。
私は、愛とは、
何かを達成した人だけに
与えられるご褒美ではないと思っています。
不安を煽る鑑定ではなく、
今の苦しさの意味を整理し、
自分軸へ戻るための鑑定を大切にしています。
もし今、
人生が思うように進まず、
「私は間違っているのかな。」
と感じている方がいたら、
こんなふうに
問いかけてみてください。
「正解は何だろう。」
ではなく、
「この経験の中で、
私はどんな愛を選びたいだろう。」
自分への愛でも、
誰かへの愛でも構いません。
今は何も選べないほど
苦しいのなら、
その自分を責めないことも、
ひとつの愛だと思います。
人生は、
誰かに採点してもらうものではなく、
自分という存在を通して、
生きていくもの。
**あなたは、人生に合格するために
生まれてきたのではありません。**
今夜は、そんなことを
心の片隅に置いていただけたらと思います。
本日もご縁をありがとうございます。
愛と光と感謝を込めて
藍那
占い師 藍那(あいな)の情報をもっと見る





