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令和元年の運気と運勢コラム特集:KEI先生

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◎改元で世の中に起こること

 新元号は万葉集から引用された「令和」と発表されましたね。元号の起源が中国だったために過去の出典が確認出来る日本の元号は全て中国の古典から引用されています。
今回の「令和」は万葉集の春の日の花の美しさを表現した歌三十二首の序文から引用されました。意味は「人々が清らかで美しく心を寄せ合うなかで、文化が生まれて育つ喜ばしい国に、花のように明日への希望を咲かせることを祈る」ということです。

《改元と占いの関係》

 では、この改元がどのようなものかをご説明しましょう。改元とは古代中国の皇帝が時をも支配するといった意味で始めた、元号を改めるということです。
改元の理由としては代始改元・祥瑞改元・災異改元・革命改元の四つとされていました。しかし明治元年に定められたのが現在の「一世一元の制」です。これは天皇一代の元号を一つだけにするというものです。

 この元号とは中国を中心とする東洋の漢字文化圏に広く定められた紀年法です。日本では645年に孝徳天皇が即位した年を大化元年と定めたのが最初です。
聖徳太子は国史編纂での国家の起源に「陰陽道」を取り入れました。大化から始まる元号制度においても「吉兆とされる現象をもって新しい年号をたてる陰陽道思想」から成る「祥瑞改元」を行い、これは奈良朝を通して踏襲されました。しかし平安朝に入る頃に「天災地変など凶兆とみられる現象をもって新しい年号をたてる陰陽道思想」から成る「災異改元」に転じられ、明治維新の頃まで続きました。このように陰陽道と改元には深い繋がりがあります。陰陽道は仏教伝来と前後して輸入されたものであり、聖徳太子が冠位十二階や十七条憲法制定に陰陽道を取り入れていたように政治や生活にも深く関わっていました。天武天皇は陰陽寮を置き陰陽道と政治の関わりを深くしました。

 日本の陰陽道は中国の陰陽家の思想が仏教や儒教と共に日本に伝わり独自の体系に発達したものです。
それは、自然界は陰と陽の二気から生ずる陰陽思想と木・火・土・金・水の五行から成るとされる五行思想を組み合わせて、その変化を観察して祥瑞・災厄を判断して吉凶を占う実用的技術として中国の占術・天文学を取り入れたものが陰陽五行説となったのです。このように改元と陰陽道、つまり占いの世界は大きく関わっているのです。

《改元後の世の中》

 では改元後に世の中がどうなるのかをお話しましょう。「令和」の「令」には清らかで美しい、喜ばしい、立派である、おめでたいといった意味があります。また、少し違う見方に「神のお告げ」という意味があるのです。それは、頭上の冠の象徴に人がひざまずくという文字の形から捉えた見方です。冠は権力を意味するという考え方もありますが、民がそれぞれに持つ志や思い、心のあり方とすることも出来るのです。「和」には穏やか、争いがない、やわらぐといった意味があります。これを合わせると「人々が志を持って穏やかで争いのない、美しく喜ばしい国造りをしていく」ということになります。

 陰陽道の占いの基本は「自然の摂理に逆らわずして進むことこそが、必ずや健全な人生を送り運命を切り開くであろう」とされています。この中で現実の流れを広い視点で視るといくつかの疑問も出てきます。世の中に不穏な空気は絶えず、穏やかな生活がこの先約束されているとはなかなか信じがたいように思えてしまいます。であればこそ改元が必要であったと考えられるのです。今回の改元をある種の「災異改元」と受け止めるのも良いかと思います。年号が変わったと共に災厄も去ったと考えれば、素直に「令和」の世界を受け入れられるのではないでしょうか。それこそが陰陽道の考え方に繋がるものです。

 今回は硬いお話になりましたが、占いの世界は歴史の世界です。長い年月をかけて先人達の積み上げたものの上に今の占いの形があり、それはあらゆるものに繋がっているのです。

KEI